未来への挑戦者たち

26.03.30

「誰も気にしなくていい」が理想。
路線バス×工事検知AI×カメラで守る、
あなたが歩く道の安全。工事現場を自動認識する車載システムが、大阪・兵庫・京都のガス管の保安を変えた

取材・執筆:Daigas STUDIO 編集部

大阪ガスネットワーク株式会社 導管計画部 R&Dチーム

熨斗のし 克哉 かつや

路面にさまざまな印が刻まれている。電力、水道、通信、そしてガス。それぞれの事業者が、地下に埋まるライフラインの位置を示したものだ。工事の際には、互いに連絡をして事故なく終えられるように協力している。しかしながら、届け出のない工事が実施されることもゼロではない。

大阪ガスネットワークが管理するガス管の総延長は、地球1周半を上回る約63,000km。この巨大なインフラを守るために、ガス会社・AIベンチャー企業・バス会社という異業種3者が手を組んだ。街中の掘削工事の現場を自動検知するシステムを実現した、導管計画部R&Dチームの熨斗克哉が語る。

CHAPTER

01

安全への使命感と保険業界から得た着想

熨斗氏

他事業者の掘削工事により地中のガス管が損傷すると、ガス供給が途絶える、あるいは道路が通行止めになるなど、多くの方にご迷惑をかける可能性がある。地域の安全を徹底するため、大阪ガスネットワークは、届け出のない工事をパトロール車に乗った点検員が目視で確認する業務を長年の使命としてきた。

しかしこの業務には、構造的な課題があった。点検員が車両に乗り込んで決まったルートを毎日走り回り続けるため、人的リソースが割かれることだ。そのため、1路線1日1回と巡回の頻度に制限が生じ、前の巡回後に工事が始まれば、その日は発見できないのだ。

届け出のない工事をパトロール車に乗った点検員が目視で確認

この課題に最初に取り組んだのは、熨斗の4つ上の前任者だった。2018年、解決のヒントは畑違いの業界から飛び込んできたニュースにあった。保険会社がドライブレコーダーで車間距離を計測するシステムを発表したのだ。

「カメラが車間距離を認識できるなら、工事現場も見分けられるはずだ」。この着想をもとに、前任者は協力企業の探索を開始した。

転機は展示会でのある出会いだった。偶然出会ったAIベンチャー企業に、漠然とした目的や意図を伝えたところ、工事現場を認識できるシステムのプロトタイプを次の打ち合わせに間に合うよう作成してくれた。そのスピーディーで積極的な姿勢にも手応えを感じ、本格的な取り組みが始まった。

ただ、工事を検知するシステムが完成したとしても、それを載せて走るのがパトロール車のままでは、人的リソースの不足という課題は解決しない。そこで浮かび上がったのが、路線バスという発想だった。

「専用のパトロール車ではなく、路線バスに載せたらどうか」路線バスなら、自社でパトロール車を用意する必要がない。しかも、決まったルートを午前・午後・夕方と1日に何度も繰り返し通るため、発見機会が格段に増える。人的リソースの不足と巡回頻度の制限。どちらも解決しうる構想だった。

路線バスなら、自社で車両を用意する必要がない

こうして、誰も挑戦したことのないプロジェクトが動き出した。

前例がなく、バス会社の協力を得られるかどうかも不明。システム実現への壁も多く、中断を覚悟した瞬間もあった。踏み留まったのはひとえに「それでもやりたい」という一心からだった。

「諦められる理由は揃っていたと思います。それでも続けてこられた前任者の思いを引き継ぐと思うと、身が引き締まりました」と、バトンを受け取った熨斗は振り返る。

CHAPTER

02

「なければ作ります」
AIベンチャー企業との協働が生んだ専用システム

熨斗氏

工事検知システムの核となるAIを搭載したコンピューターを手にする熨斗

路線バスで工事を検知する。構想は明確だったが、実現への道はすぐには開かなかった。

バス会社からの要件は「路線バス本来の業務の邪魔にならないようにしてください」という一言に集約される。運転士の視界を妨げない大きさや配置であることはもちろん、熱や振動があっても正常に作動する必要がある。他の車載機器への影響を無くすため、ケーブルの素材や配線など細部まで工夫がいる。これらの条件をクリアする市販品は存在しなかった。

突破口を開いたのは、AIベンチャー企業の一言だった。「なければ作ります」——路線バス搭載に特化した専用システムを一から開発するという申し出で光がさした。

「実現できないと諦めかけていたところに、自社で作りますと言ってくださった。あの言葉がなければ、ここまで来られなかったと思います」と熨斗は語る。着想から試験導入まで、実に4年。ガス会社とは異なる分野との協働に目を向けたことが功を奏した。

路線バス搭載に特化した専用システムを一から開発

熨斗が主に向き合ったのは、AIをどう鍛えるかという問いだった。AIは、用途に合わせてカスタマイズする必要がある。工事・非工事の画像を何万枚も人が仕分けし、地道な作業を繰り返した。感度を上げれば見逃しは減るが誤検知も増える。感度を下げれば誤認知は減るが、見逃しリスクは高まる。識別の感度調整は絶妙なさじ加減を要した。

「ガス管に関わる仕事で、『気が付かなかった』は許されない。誤検知が多少まぎれ込んでも、見逃しの軽減を最優先に調整しました」。保険会社の技術に着想を得て、AIベンチャー企業と開発し、ガス会社の安全思想でAIを鍛える。この3つが重なってシステムは完成した。

CHAPTER

03

信頼を積み重ねて実現した、関西3エリアへの展開

パトロール業務の流れ

パトロール業務の流れ

路線バスへの搭載イメージ

路線バスへの搭載イメージ

最初に手を挙げてくれたのが大阪シティバスだった。カメラで撮影した画像の不正利用や外部流出の防止を徹底するとご理解いただいた上で、2021年6月、試験運用が始まった。従来の「1日1巡回」では見逃していた工事も、バスなら終日キャッチできる。導入後の工事発見件数は、それまでと比べて約2倍に増加した。そしてコスト軽減にも大きく寄与することになる。

「オペレーターがデスクに座ってモニターを見るだけで工事を見つけられる。しかもバスが何度も走るから、夕方の工事も逃さない。まさに私たちがプロジェクトを通して願っていたものでした」。

AIによる工事検知イメージ

AIによる工事検知イメージ

大阪での実績が、次の扉を開いた。「大阪シティバス様での導入という前例が、新しいことへの挑戦に慎重な会社様にも前向きに検討していただけるきっかけになったのかもしれません」。

2024年4月には神姫バス、2025年11月には京都市バスでも導入を開始。大阪からスタートした3者協働のモデルは、関西2府1県へと広がってきている。

また、2021年の『第5回インフラメンテナンス大賞』特別賞、2023年の日本ガス協会技術賞という形で、この取り組みは社会からも認められた。

2018年協力企業の探索開始
2021年 6月大阪シティバスで試験運用スタート
2021年12月第5回インフラメンテナンス大賞 特別賞 受賞
2023年 2月日本ガス協会技術賞 受賞
2024年 4月神姫バスとの連携で兵庫県へ展開
2025年 11月京都市バスとの連携で京都府へ展開

CHAPTER

04

衛星や人流データでガス管の更なる安全を目指す

熨斗氏

路線バスによる現時点でのパトロールエリアは、これまでパトロール車でカバーしてきたエリアの一部である。残る範囲にどのように対応していくかが、熨斗の次の課題だ。

「答えは、路線バスでのパトロールの延長線上だけにあるとは限りません。あらゆる方向から可能性を探り続ける必要があると思っています」。たとえば人工衛星を活用して宇宙から地上を監視する発想や、スマートフォンのGPSを活用した人流データから工事を推定する発想も、すでに特許出願中だ。

まだ実用化されていない技術でも、ガス管の保安に当てはめたらどうなるだろうという発想力が大事だと感じています。一見まったく関係なさそうなものでも、フッと思いついたことが突破口になるので」。社員が交代で最新技術を収集・発信する活動も展開されている。前例にとらわれずに新しいアイデア・発想を形にすることで、お客さまの更なる安全に繋げようとする風土の表れだ。

「ガス管を守るために働いている人やシステムについて、日常では誰も気にしない。気にしなくていい状態こそが理想です」。そう言って熨斗は少し笑った。

安易な妥協と無謀な賭けの狭間で最善を尽くしてきた人の言葉には、静かな確かさがある。熨斗が見つめる先には、ガス会社の枠を超えたつながりで守り続けられる、地球1周半を超えるガス管と、その上を歩く人々の何気ない日常がある。

未来への挑戦

私にとっての挑戦とは

安易な妥協と無謀な賭けの狭間で最善を尽くすこと(熨斗)

熨斗 克哉

2014年入社。ガス管の漏れ・破損修繕業務に従事した後、ガス管の維持管理部門・経営企画部門を経験。現在は導管計画部R&Dチームにて、ガス管関連の工事・維持管理・修繕にかかわる様々な技術開発を担当。工事検知システムを用いた路線バスでのガス管パトロールの取り組みにおいては、システムの導入・展開を推進し、性能向上・適用範囲拡大・未適用範囲に対応するための代替手段の検討に注力している。

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